彼の人と共にあった天鵞絨5 マリー・アントワネット

マスクの着用を求められることが多い昨今ですが、16~18世紀のフランスではMasque(マスク)(仮面)の日常的な着用が上流階級の女性たちの間で流行していたことをご存じでしょうか。

当時のマスクは、形状も着用目的も現代とは大きく異なりました。
マスクの形状は大きく分けて二つ。ひとつは、額から口元までをすっぽりと覆う卵型で目の周りだけがくり抜かれているお面のようなもの。マスクの内側に突起物があり、それを口でくわえることで固定させていました。もうひとつは鼻から上半分の顔を隠し、目の部分がくり抜かれた半円形か、四角い形のマスクです。こちらは両端にリボンが付いていて、髪の後ろか耳元で結んでいました。 マスクの表面は黒いビロードかサテン製で、裏は犬の皮か生成りのリネン、もしくは白いサテンで裏打ちされたものでした。

1725年 ジャン・バティスト=サンテール作 「マスクを持つ若い女性」手には卵型のマスク。
1624年 ジャック・カロ作 「仮面をつけた婦人」半円形マスクをつけている。

これらの黒いマスクが流行した理由は主に5つありました。

1.冬の寒気、夏の日差しから肌を守るため
冬のフランスというだけでもずいぶんと寒そうですが、18世紀後半のヨーロッパでは大気異常が発生し、例年より寒い冬となることが何度かありました。特に寒い日にはマスクの上から2、3枚のかぶりものをすることもあったようです。
夏の日差しもまた女性たちの天敵でした。日焼けは屋外労働をしている証拠で貧困の証のように捉えられていたので、特に貴族階級の女性は日焼けをとても恐れていたのです。

2.肌の白さを際立たせるため
黒いマスクは顔周りから首にかけての肌の白さを際立たせました。特に漆黒のビロードは周りの光を吸収する機能があるので、マスク用の生地として愛用されたのでしょう。(今でも、西陣織の帯の機織り現場では、光の反射で複雑な模様や色を見間違わないために、黒のビロードを織機の下の部分に敷いて作業が行われていることがあります。また、プロの撮影用背景布としても、被写体を美しく際立たせるために黒のビロードが活用されています。)
また、黒いビロード製のつけぼくろも、同じ理由でこの時代に流行していました。黒いマスクもつけぼくろも、白い肌が美しさの第一条件である時代であればこその美顔アイテムだったのです。

3.男性の視線を惹きつけるため
男性たちは、仮面の下に隠された女性の顔を一目みようと、あれこれと策略をめぐらしました。また、マスクの付け外しによって、顔が見え隠れすることが男性には魅力的に映ることを知って、女性も男性を誘惑する道具としても使っていたようです。

4.身元を隠すため
マスクはお忍びのグッズとしても重宝しました。特に卵型のマスクは、突起物を口でくわえるという方法で装着しているので、無言を貫いたり、声色を変えることが容易となり、お忍びにはぴったりだったのです。

5.高貴な身分の証
16世紀フランスでは一般市民の女性にはマスクの着用が禁止され、身分の高い女性の特権的な装飾品であった時代もありました。

さて、この時代の高貴なフランス女性といえば、やはりマリー・アントワネットでしょう。

1788年 エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン作 「肖像画」

オーストリアの王女であったマリー・アントワネットは、オーストリアとフランスの同盟関係を築くために、14歳の時にフランスの皇太子のもとに嫁ぎます。マリー・アントワネットには跡取りの子供をもうけることが求められていましたが、子供ができるまでには7年の歳月がかかりました。
もともと華やかな遊びが好きだったうえに、子作りのストレスもあり、彼女は夜な夜な、劇場、賭博、仮面舞踏会へと出かけていき、大衆の中で朝まで楽しんだといいます。ヨーロッパ社交界のファッションリーダーでもあったマリー・アントワネット。年間に170着ものドレスを新調していたというのですから、マスクも様々な種類のものを何枚も持っていたことでしょう。
また、マリー・アントワネットはそれほどの美形ではなかったけれど、肌の白さと美しさ、そして身のこなしの優雅さは格別だったといいます。マリー・アントワネットのビロードマスクに関する逸話は残っていませんが、漆黒のビロードが彼女の肌をより一層美しく輝かせ、彼女がマスクを優美に扱う様が目に浮かぶようです。

現代社会においては、もうしばらくの間マスクと付き合うことになりそうです。今年の秋冬は、マリー・アントワネット気分でビロードマスクを着用してみるのはいかがですか?

《参考資料》
内村理奈, ヨーロッパ服飾物語, 北樹出版, 2016
能澤慧子, 世界服飾史のすべてがわかる本, ナツメ社, 2012