彼の人と共にあった天鵞絨4 京極宮(桂宮)家仁親王

桂離宮は京都の桂の地にある、かつての皇族別邸。ドイツの建築家ブルーノ・タウトが「泣きたくなるほど美しい」と評したことはあまりにも有名です。タウトは、桂離宮が個々の部分が融通(ゆうづう)無碍(むげ)でありながら、それぞれが具有する独自の力が見事に発揮され、鞏固(きょうこ)な鎖のように円満具足し、全体統一を形成しているといいます。 少し難解なようですが、天鵞絨が建築の一部として配置されることで、見事な全体統一を成した桂離宮の茶屋「しょうけん」と、世界に誇るこの桂離宮を製作プロデュースし、その美学を継承し続けた桂宮家の人々を今回はご紹介したいと思います。

笑意軒
天鵞絨の壁紙部分を拡大

左の写真が笑意軒の真ん中に位置する部屋です。窓からはのどかな田園風景が望めますが、裏腹に、その窓下の腰壁は大胆な意匠が目を惹きます。中心には変わり菱形に金箔が貼られ、その周りにあるのが石畳模様の舶来品の天鵞絨です。

笑意軒は「夏の亭」とも言われます。それは、この窓から望める夏の田園風景をこの茶屋が一番の見どころとしているからです。この牧歌的な風景に馴染むかのように、笑意軒は農家風の建物になっています。母屋は茅葺の寄棟造りで、(ひさし)柿葺(こけらぶ)き。襖には(かい)形の引手、杉戸には矢形の引手、袋棚の小襖には銀泥の雲形模様と、素朴なモチーフを上品に配置しています。

櫂形の引手
右側の襖には雲形模様。窓から見える田園は、景観保持のために既に国の所領となっている。

このような農家風で、夏のイメージの佇まいに、あえて最高級で、温かみを感じさせるような毛足のある素材である天鵞絨を配置していることが、建物全体にメリハリをもたせ、また夏以外の季節においてもこの茶屋を訪れてみたい気持ちにさせてくれるようです。きっとブルーノ・タウトもこのような素材やモチーフの組み合わせ方のセンスに感動したのでしょう。

笑意軒を含む現在の桂離宮の原型の建設を指揮されたのは、八条宮(とし)(ただ)親王です。(八条宮は、その後、常磐井宮→京極宮→桂宮へと改称を繰り返されます。)元和2年(1616年)頃に智忠親王の父である(とし)(ひと)親王が桂離宮を創建し、その意志を継ぐ形で、智忠親王が長年に渡って整備・増築されたのでした。

智仁親王は諸芸の道に造形が深く、宮廷貴族の中では古典文学の第一人者でもありました。桂の地は、平安時代に多くの歌人が月の名所として歌に詠み、源氏物語にも別荘地として出てくるのですが、智仁親王の時代には、その場所がどこであったかすら忘れ去られてしまっていました。そんな中で智仁親王が桂の地を探し当てられ、ご自身の知と美意識を終結させる形で離宮を創建されました。

長男である智忠親王もまた相当な文化人で、千利休の孫である千宗旦との親交が厚く、千利休を敬慕されていたといいます。笑意軒をはじめとする桂離宮の茶屋が、高貴でありながら詫びた気配を有しているのは、やはり智忠親王の思いが体現されているからでしょう。

さて、笑意軒の腰壁の金箔ですが、建築当初には天鵞絨のみで金箔はありませんでした。この金箔を貼られたのが、京極宮(やか)(ひと)親王で延亭4年(1747年)のことです。智忠親王以降の皇子が短命であったこともあり、桂離宮はしばらくの間注目されない存在となっていましたが、京極宮と改称されて以降、復興し、桂離宮もまた盛り立ててゆかれました。

家仁親王が生きた時代は江戸時代中期。家仁親王は和歌や学芸に造形が深く、当時の公家文化を牽引する存在であったようです。また、初代・智仁親王の業績にも深く傾倒し、桂離宮にはことさら愛着をもって、度々訪れては、名月詩歌會を開催したり、公家の方々を招いたりなさっていました。その中で、桂離宮の複数の箇所を修理されています。修理された箇所には、御幸門など今も桂離宮の名所の一つであるものも数多くあります。家仁親王が天鵞絨の腰壁に金箔を貼られたのも、修繕の一環で、天鵞絨に虫食いが生じたのを隠すためでした。修繕により、天鵞絨の腰壁の価値をより一層高めたのですから、家仁親王の美的感覚の高さがうかがえます。

家仁親王が再建された御幸門

さて、これほど愛されていた桂離宮ですが、宿泊することは朝廷から許されていなかったようです。しかし宝暦9年(1759年)6月26日、家仁親王が55歳の時に初めて宿泊が許され、そのことをたいそう喜ばれた家仁親王は宿泊を懇願し、やっと許可された経緯を日記に記されるほどでした。
家仁親王は、桂離宮の中でも笑意軒にことのほか深い思い入れをされていたとも言います。この日も、笑意軒の窓から望む田園は青々と茂っていたでしょうか。夜には、腰窓の金箔は灯篭の光を受けて、輝いていたでしょうか。

《参考文献》
ブルーノ・タウト, 忘れられた日本, 中公文庫, 2007
斎藤英俊, 桂離宮 日本建築の美しさの秘密, 草思社,2012
斎藤誠治編, 桂離宮 修学院離宮, 京都新聞出版センター, 2004
三好和義, 京都の御所と離宮―③ 桂離宮, 朝日新聞出版, 2010
桂宮実録第5巻, ゆまに書房, 2017, 吉岡眞之/藤井譲治/岩壁義光監修